アービトラージの歴史

アービトラージ、裁定取引の歴史は日本では江戸時代にさかのぼります。

江戸時代の日本では、金と銀の交換比率は大体1:5の割合でした。

金を1キロ欲しいなら、銀を5キロで交換してやるよという形ですね。

しかし同時期のヨーロッパでは、金銀の交換比率は1:15でした。

金を1キロ欲しいなら、銀を15キロもってこないとだめだよといった形で金の価値が日本とヨーロッパで3倍も違いがあったんですね。

シュミレーションしてみます。

日本で銀5キロもっていたら、金1キロに変えます。

その金1キロをヨーロッパにもっていき、銀15キロに変えます。

その銀15キロを日本にもっていき、金3キロに変えます。

その金3キロをヨーロッパにもっていき、銀45キロに買えます。

その銀45キロを、、、、、、、、、

つまり銀をヨーロッパから日本に持ち込んで金と交換する、そして金を日本からヨーロッパにもちこんで銀と交換すればそれだけで大もうけ出来たのです。

今の金融の仕組みのすべてを作ったと言われるロスチャイルドもこの裁定取引の仕組みを利用して莫大な富を築いたと言われています。

ただお気づきの方もいらっしゃると思いますが、

これは時間的にも金銭的にもコストがかかっていますよね。

厳密に言えばこれはサヤ取りでありますが、裁定取引には程遠い初期のものと捉えてください。

しかし、現代社会では裁定取引で儲けられるケースが出現するのはまれです。

そんな簡単に儲けられるのであれば、情報化社会ではあっという間にその方法が広まって、皆が群がってあっという間に使えなくなる運命にあります。

だから為替市場にせよ、金などの商品市場にせよ、ニューヨークでもロンドンでも東京でも、それぞれ独立に取引が行われていても、レートはほぼ同じになります。

ここの「ほぼ」というのがミソだったりもします。

次はここの「ほぼ」を解説していきます。

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